中欧(8)ホラショヴィツェの歴史地区&チェスキークロムロフ観光

チェスキークロムロフ2日目。午前中はプライベートツアーで「ホラショヴィツェの歴史地区」を観光し、午後は前日に引き続きチェスキークロムロフの街をを散策した。

中欧&ギリシャ旅行概要
  • 旅行期間:2015年3月15日(日)~ 2015年4月4日(土)18泊21日
  • 中欧:ブダペスト→ウィーン→チェスキー・クロムロフ→プラハ
  • ギリシャ:サントリーニ島→アテネ
  • 旅行形態:個人旅行/母親(シニア・体力あり)との2人旅
  • 旅行費用:約22万円/人(お土産代を除く)

旅行概要の詳細: 中欧4か国&ギリシャ旅行記【概要&まとめ】
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チェスキークロムロフ旧市街散策&朝食

2015年3月23日(月)cloud sunny  旅行9日目
9時にツアーのお迎えがくるので、8時前に朝食を食べに外をウロウロしてみたが、まだ開いているカフェが見つからず…。

朝は人気もなくとても静か。

昼間は大勢の人で賑わっているスヴォルオスティ広場にもまだ誰もいなかった。

前日同様この日の午前中もあまり天気はよくなかった。

スーパーの袋を持っている人がいたので、どこで買ったのか尋ねるとすぐ近くのスーパーだと教えてくれた。オープンしているカフェは見つからなかったので、スーパーで朝食を買って部屋に戻って食べることににした。チェコのスーパーは朝早くからオープンしていて、レジに行列ができるほど混んでいた。登校前の子供たちが多く、パンなどを買っていた。

スーパーで買ってきたパンとヨーグルト

チェスキークロムロフのペンション
ペンション ガルコ(Pension Galko)
オススメ度 star2 star2 star2 star2 star2 +1
旧市街の中心にあり、どこに行くにも便利で最高の立地!

ホラショヴィツェの歴史地区

ホラショヴィツェの歴史地区とは?
13世紀中ごろ、ボヘミア王が村や土地を修道院に寄進したことから、村は修道院とともに発展した。しかし村は16世紀にペストの大流行に見舞われ、生き残った住民はわずかに2人になった。修道院は次第にバイエルンやオーストリアからの移民を迎えて人口を増やし1895年にはドイツ系住民157人、チェコ人住民19人となっていた。

第二次世界大戦後、政府のドイツ系住民の追放政策により、村は住民が皆無になり荒れ果てるままに放置されてきたが、1990年から修復が行われて再び人が住む村となり、かつての村落風景を取り戻した。現在は、ボヘミア地方の伝統的・歴史的な村落として保存され、1988年に「ホラショヴィツェ歴史地区」としてユネスコの世界遺産に登録された。

「ホラショヴィツェの歴史地区」への行き方

「ホラショヴィツェの歴史地区」の写真をガイドブックで見たらとてもかわいらしかったので是非行きたいと思ったが、個人だと行くのが面倒だということが判明した。チェスキークロムロフから距離的には遠くないが、バスを乗り換えなければいけなくて本数も少ないなどとにかくアクセスが悪い!

ホラショヴィツェの歴史地区への行き方(地球の歩き方より)
ホラショヴィツェ

バス以外の行き方をインターネットで探していたら、個人でプライベートツアーをやっている人のウェブサイトを見つけた。早速メールをしてみると、メール対応もとてもよくて、約2時間でチェスキークロムロフからホラショヴィツェの歴史地区までの送迎と観光をしてくれるという。2人分で700CZK(約3,500円)と料金も手頃(タクシーよりもずっと安い)だったので、迷わずこのツアーに申し込んだ。

★TOUR-KRUMLOV.CZ(チェスキークロムロフ発)←今回利用したツアー
URL:http://www.tour-krumlov.cz/
チェスキークロムロフの市内観光やフルボカー城観光など希望する場所をガイドしてくれる。ルーカスさんが一人でやっているのでなるべく早めに連絡して日程を確認した方がよい。

「ホラショヴィツェの歴史地区」へのツアー

9:00 ホテルにガイドのルーカスさんがお迎えがきて、車で出発車 (セダン)

ガイドのルーカスさん。この日のために日本語の勉強をしたとのことで、自己紹介や簡単な単語を日本語で話してくれた。真面目にガイドをしてくれてよい人だった。

細い田舎道を通ってホラショヴィツェへ向かう

約40分で村に到着!

村には観光客が誰もいなくて、とても静かだった。10分もあれば1周できていしまうほどの大きさ。

大きな壁に小さな窓で、屋根や壁は鮮やかなパステルカラーで装飾されれている。これはこの地方独特のもので「農村バロック」と呼ばれている。当時宮廷や教会で大流行していた絢爛豪華なバロック様式を、農民たちは自分たちの生活にも合うよう改良したのだ。

現在この村に住んでいるのは23軒140人ほど。今は農業を営む人はわずかだが家畜を大切にしながら伝統的な文化を守って暮らしている。

どの家にも修復された年号がローマ数字で書かれている。これは1838年を表すローマ数字。

集落の真ん中には池がある。どの集落にも火消しのために必ず池があるとのこと。

ガイドのルーカスさんの説明をききながら村を1周して(滞在時間約20分)観光終了。

帰りは行きとは異なる道を通ってチェスキークロムロフへ。薄暗い天気だったのが残念もうやだ〜 (悲しい顔)

帰り道、小さな集落がいくつもあった。

お城近くの駐車場で降ろしてもらいツアー終了。ホラショヴィツェはチェスキークロムロフはまた全然違った雰囲気の小さな村で、歴史を知るとなおさら来てよかったと思った。

ビール醸造所直営レストランでランチ!

ツアー終了後は旧市街をブラブラと歩きながら、「エッゲンベルグ(Eggenberg)」というレストランへ。エッゲンベルグ醸造所直営レストランでガイドブックなどにも必ず載っている有名店。

少し天気がよくなってきた!

川の向こうに見えるのがビール醸造所で、その一角にレストランがある。

12:30レストランに到着

入口は暗くてやっているのかわからなかったが、中へ入ると明るいレストランだった。

最初はそれほど混んでいなかったが、途中から客がたくさん来て満席になった。隣の席にいた地元のおばさんがビールを4、5杯軽く飲み干していたので驚いた!

前日に肉をたくさん食べてもう肉はもう食べる気がしなかったので、魚料理を注文。名物のマス料理はボリュームもあって美味しかった!

お店の雰囲気や店員さんの対応もよく、料理も美味しくてとてもオススメのお店!!
スープ2杯、ビール2杯、魚料理のプレート2個で410CZK(約2,050円)と良心的価格だった。

ゆっくりとランチを食べたあとは、天気も回復してきたので街を散策したり、チェスキークロムロフ城へ再度行ってみたりした。

チェスキークロムロフの街を散策

★ブディヨヴィツェ門
チェスキークルムロフの入り口の門でオレンジ色のとんがり屋根が特徴。

門をくぐると旧市街の石畳が続く。

★チェスキークロムロフ城
お城の入り口の赤門。

前日に引き続き日本人の団体ツアーに遭遇。ツアー参加者は幅広い年齢層でみんな楽しそうに写真を撮っていた。

午前中は暗い空だったのが青空になってきたsmile

この塀は石が積まれているわけではなくて「だまし絵」。この窓から見た景色が次の写真。

窓越しにみえる風景。

最後に晴れて美しい景色がみれてよかった。2泊した甲斐があった!

ガイドブック

チェコの観光で役立ったのがこの本。イラストが見やすくて、コンパクトなのに内容がすごく充実している。チェスキークロムロフについての特集ページもあり、写真スポットの紹介やレストランや街歩きの情報がわかりやすく紹介されている。

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旧市街をブラブラと散策feet

モルダバイトの産地に近いため、街中にはモルダバイト製品のお店がたくさんあった。

高台になっている広場から撮影。

・スヴォルオスティ広場
町の中心の広場。

シーズンオフでもそれなりの観光客がいたので、シーズン中はものすごい人なんだろうと思う。

おやつを買ってペンションで一休みcoffee doughnut

この日は疲れてそのまま寝てしまったsleeping

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このブログの運営者
Blotra(70年代生まれ・女)
旅行とネコが好きで、これまでに旅行した国は30数か国。東京のボランティアガイドもたまにやっています。
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